大阪地方裁判所 昭和28年(行)24号 判決 1958年3月29日
原告 斧田敏夫
被告 東住吉税務署長・大阪国税局長
主文
原告と被告両名との間において、被告東住吉税務署長が、昭和二七年三月一七日原告に対し、昭和二六年度における原告の事業所得金額を金四〇〇、〇〇〇円と更正した決定は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
一、当事者の申立
原告は、第一次の請求として、主文第一、二項と同旨の、予備的請求として、
「被告東住吉税務署長に対し、同人が原告に対して、(一)昭和二七年三月一七日原告の昭和二六年度の事業所得金額を金四〇〇、〇〇〇円と更正した決定、(二)同年七月三一日右更正決定に対する原告の所得金額再調査の請求を却下した決定を取消し、右所得金額を金二二一、〇〇〇円と変更する。被告大阪国税局長に対し、同人が原告に対して、昭和二八年二月四日、原告の右年度における事業所得金額についての審査請求を棄却した決定を取消す。」との判決を求め、
被告等指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
二、原告の請求原因
(一)、原告は、被告東住吉税務署長に対して、原告の昭和二六年度の所得税課税標準たる事業所得金額を金二二一、〇〇〇円とする確定申告をなしたところ、その後右被告から、何ら右申告所得金額を更正した旨の通知に接しないのにもかかわらず、同年四月二一日、突然右年度の所得税額納付の督促状を受理し、それによつて原告は、はじめて右被告が原告の右年度における所得金額を更正する決定をなしたことを知つたので、直ちに東住吉税務署に赴き、係官に対して原告方には未だ更正決定の通知書が到達していない旨を話し、右決定に対する再調査を請求しようとしたところ、右係官に於ては更正決定書は同年三月一七日に発送したから、既に法定の再調査請求期間を経過したとの理由で請求の受理を拒んだので、原告はやむなく右被告に対し、歎願書を提出したり、或いは係官に再三交渉した結果、同年五月二三日に至り、やつと担当係官に於て、再調査請求を受理すべきことを諒承した。
しかるところ、右被告税務署長は、同年七月三一日意外にも原告の右再調査請求に対し、「法定の期限徒過」を理由としてこれを却下したので、原告はこれを不服とし、同年八月二七日、被告大阪国税局長に対し、審査請求をなしたところ、同被告は、昭和二八年二月四日、右請求を再調査請求は期限後であるからその理由なし、として棄却する旨の決定をなした。
しかしながら、右に述べた様に、原告は、前記確定申告に対する被告東住吉税務署長の更正決定通知書を受理した事実はないのであるから、同被告の前記更正決定は、行政処分としての形式的要件たる宛名人に対する告知を欠く無効のものであるので、被告両名に対しこれが無効確認を求めるものである。
(二)、仮りに、被告東住吉税務署長の右更正決定が無効でないとしても、原告は右税務署から前記督促状を受理した後である昭和二七年五月一七日、右税務署において、係官訴外森から右更正決定書の写しを示され、はじめて右決定の内容(更正所得金額四〇〇、〇〇〇円)を知つたものであるから、原告の前記再調査請求は、法定の期間内になされた適法なものであり、従つて、これを期限後であるとの理由で却下した右被告の決定は、違法たるに帰し、又右決定を是認支持した被告大阪国税局長の前記審査請求棄却決定も違法のものというべきである。
而して原告の昭和二六年度における事業所得金額は別表第一記載のとおりであり、(但し原告は前記確定申告をなすに当り、右年度の事業所得金額を金二二一、〇〇〇円としたものであるから本訴に於ても右金額を所得金額として主張する)その所得の処分状況は別表第二記載のとおりであるから、右所得金額を上廻る前記被告の更正決定は、原告の所得の充分な調査を経ざる単に法規を楯にした見込課税であつて過大失当である。而して原告の再調査請求を却下した被告東住吉税務署長の決定及び原告の審査請求を棄却した被告大阪国税局長の決定は、その結論において、実質上右更正決定に示された所得金額を是認する意味を有するに至るから、これ又違法のものである。
よつて原告は、予備的に被告東住吉税務署長に対し、同被告のなした前記更正決定及び再調査請求却下の決定を取消し、原告の昭和二六年度における所得金額を金二二一、〇〇〇円に変更することを求めると共に、被告大阪国税局長に対し同被告のなした前記審査請求棄却決定の取消を求めるものである。
三、被告等の答弁
(一)、原告主張の事実中、原告が被告東住吉税務署長に対しその主張の様な確定申告書を提出(昭和二七年二月二九日)したこと、同被告が右確定申告に対し所得金額を金四〇〇、〇〇〇円と更正する決定(同年三月一七日)をなしたこと、及び原告宛に納税督促状を発送(同年四月一八日)したこと、原告がその主張の日に右被告に対し右更正決定に対する所得金額再調査の請求をなしたこと、同被告が右請求を却下する決定(同年七月二七日付)をなしたこと、原告が右却下決定に対しその主張の日に被告大阪国税局長に対し、所得金額審査の請求をなしたこと、同被告が右請求を棄却する決定(昭和二八年二月三日付)をなしたことは認めるがその余の事実は否認する。
(二)、原告は被告東住吉税務署長の右更正決定通知書が原告方に到達していないと主張するが、原告に対する右更正決定通知書発送の経緯は下記のとおりであつて、右書面は原告方に到達したことについては一点の疑いもない。
即ち、被告東住吉税務署長は昭和二七年三月一七日、原告を含む四九名の納税義務者に対し、夫々昭和二六年度の所得税更正決定決議書の決裁を了したので、翌一八日右税務署直税課所得税係の係員は、右決議書(正副及び本人通知書の三部複写)の副本及び本人通知書を徴収課管理係へ回付し、同係において右副本に基き納税告知書を作成し、同月二〇日これと本人通知書を同封した封書を総務課総務係へ回付し、同係において右封書を右同日午後東住吉郵便局に差出したものであるから、右郵便局の郵便集配事務に特別の事故がない限り、右の中原告宛に発送されたものは原告方に到達したものであると認められるところ、当時右郵便局の集配便執行状況については、特別の事故は存在せず、又右封書の宛先たる原告の住所(東住吉区田辺東之町二丁目一〇〇番地)は、同人の父斧田久次の住所(原告の同居先)と同一ではあるけれども、これと原告の営業所即ち店舗とは道路を隔てて真向いに位置し、かつ両者共表通りに面し、判別容易なる処であるから、郵便物の誤配が生じたものとも考えられないので、右封書はおそくとも同月二二日迄に原告宅に配達され、同人の知り得べき状態におかれたものといわざるを得ない。果してもし原告主張のとおり、更正決定が告知されていないとすれば、告知がない以上、課税処分は未だ存在しないことになるから、その不存在の確認を訴求するならば兎も角、処分の存在を前提としてその効力を争うことは、権利保護の利益を欠き許されない。よつて被告等に対し、右通知書の未到達を前提として、前記更正決定の無効確認を求める原告の第一次の請求は理由がない。
(三)、次に、原告の取消請求についても、更正決定書はおそくとも昭和二七年三月二二日までに原告方へ到達し、告知されているから、同年五月二三日になした原告の被告東住吉税務署長に対する再調査請求は、法定期間たる一カ月を徒過した不適法な請求であるから、これを却下したことは当然であり、またこれを不服とした被告大阪国税局長への審査請求も、理由がないから棄却されたことも当然で、いずれも違法ではない。
(四)、仮りに、右更正決定通知書が原告宅に到達せず、従つて右更正決定がその宛名者たる原告に告知されていなかつたとしても、昭和二七年四月二一日原告方に到達した督促状により、原告は右更正決定の存在を知つたのであるから、これに対する不服申立のための法定期間は同日より起算せらるべく、従つて、再調査請求は前同様不適法であり、再審査請求も理由がないから、被告等の処分には何等違法の点はない。そして、取消請求についても、更正決定の告知されないことを理由とする以上は、課税処分は存在しない筈であり、その存在を前提として効力を争うことは権利保護の利益を欠き失当である。
第四、証拠関係<省略>
理由
原告主張の事実中、原告が被告東住吉税務署長に対し、昭和二六年度の所得税課税標準たる所得金額を金二二一、〇〇〇円とする確定申告をなしたこと、同被告が原告の右確定申告に対し、所得金額を金四〇〇、〇〇〇円(所得税額金一〇二、一八〇円、過少申告加算税金三、三〇〇円)と更正する決定をなしたこと、同被告が原告に対し納税督促状を送付したこと、原告が同被告に対し昭和二七年五月二三日右被告の更正決定に対し再調査の請求をなしたこと、同被告が右再調査請求に対しこれを却下する旨の決定をなしたこと、原告が右決定に対して同年八月二七日被告大阪国税局長に対し審査の請求をなしたこと、同被告が右審査請求に対し、これを棄却する旨の決定をなしたことは当事者間に争いがない。
よつて先づはじめに原告の本件更正処分の無効確認を求める請求が、果して被告主張の如き理由によつて、権利保護の利益を欠くか否かについてみるに、課税の更正決定が相手方に告知されないために、課税行政処分がその相手方に対する関係において効力を生じないとしても、外観上その処分が存在するかの如き疑があり、当該行政庁その他関係行政庁を含む第三者において、かかる行政処分が存在するものとしての取扱をなし、又はなそうとするおそれがある場合においては、その存在の外観に伴う一種の効果その他右処分を前提とする一切の効力を否定するために、その処分の無効確認という趣旨の行政訴訟は是認せられて然るべきものと考えられるから、処分が厳密にいえば実質的に不存在であるとの理由を以て、権利保護の利益がないということはできない。
そこで次に本件更正決定の告知の有無、即ち被告東住吉税務署長の為した被告等主張の昭和二七年三月一七日付原告に対する更正決定の通知書が、果して原告方に到達したか否かにつき審案するに、成立に争のない乙第一号証の一乃至三、同第二、三号証の各一、二と証人守義雄、同喜多昇、同三喜実の各証言を総合すると、被告東住吉税務署長は、昭和二七年三月一七日頃原告を含む営業者四九名の納税義務者に対し、それぞれの昭和二六年度における所得税の第一次更正決定をなしたこと、原告については、総所得金額四〇〇、〇〇〇円(全部事業所得)として、同月一七日決裁せられ、更正決定決議書が作成せられ、同税務署直税課所得税係員は、翌一八日これを右税務署総務課へ連絡したこと、総務課においては、通常、直税課より整理簿に発送所要事項を記入の上回付せられてきた更正決定決議書の副本二通により同課管理係において、徴収簿に記入の上、納税告知書を作成し、これと右決議書の副本(本人通知用)を各納税義務者宛の封書に同封し、同課発送係へ回付し、同係において重要な分については発送簿に記入の上、普通郵便として東住吉郵便局に差出しの方法によつて発送の手続を採るが、送達不能で返戻された分については、整理簿及び徴収簿にその旨記載される取扱になつていること、原告の分については同月一八日管理係受領、同月二〇日総務係(発送係)受領並に発送の検印があること、整理簿に郵便物返戻の記入がないことがそれぞれ認められるから、原告に対する更正決定決議書も、納税告知書を同封した封書によつて、同月二〇日、他のものと一括して、普通郵便として東住吉郵便局に差出されたものと推認することができ、右推定に反する証拠はない。そして又成立に争のない乙第四号証の一及び二によれば、右の頃東住吉郵便局に差出された同局区内宛の郵便物は、通常一、二日を出でずして、名宛人に到達していること、及び右の頃右郵便局においては郵便発送業務に支障を来す様な特別の事故は存在しなかつたとの事実を認めることができる。
そこで右に認定した事実から、東住吉税務署が東住吉郵便局に差出した原告宛の右更正決定通知が、果して原告方に到達したものと推定し得るかどうかについて考えて見るに、およそ事実上の推定は、事物相互間の蓋然性にもとづく類型的関係から、或る前提事実の存在する場合においては、或る結論的事実が存在(もしくは不存在)するであろうと云う推定法則を設定し、これを適用するものであるが、これが妥当するか否かは、専らその前提事実の内容とこれに結合すべき法則の蓋然性の強度の如何に依存するものであつて、現今我国に於いて普通郵便物が郵便局において受理ないし発送され、且つ返戻されなかつたこと、及び集配事務上の一般的(個々の郵便物に関するものではなく)な事故の不存在という前提事実から、当然に当該郵便物が名宛人方に到達したものであるとの結論的事実を認めるがためには、両者の蓋然性は未だ当裁判所においてこれを推定法則として是認するに足るほど強度なものであるとはいい難く、要するに本件に於ては、前認定の郵便物到達を立証せんがための間接事実のみをもつてしては、未だ前記更正決定の通知が原告方に到達したものと認めることはできない。そして、本件において、多数の名宛人のうちたまたま原告一人につき、その郵便物到達の直接証拠がなく、そのために課税処分に支障が生ずることになつたとしても、それは、差出人たる処分庁において右書面発送に際し、一層確実な手段(例えば書留郵便、配達証明郵便)によることなく簡略な方法を用いたことによる結果であつて、その不利益は、当然甘受すべきものであり、又それだからといつて常時多数者に発信を要する税務行政において、必ず万全を期するがために、常に多額の経費を要する別種の手段を採らねばならぬものではなく、その選択は専ら行政上の利害得失の考量により決せらるべきものなのである。ただ本件の如く、問題化した僅少の事例において、通常の郵送方法によつた告知書の到達の事実が明確になし難い場合に普通郵便物の名宛人に対し、郵便物不到達という消極的事実や、その他の防禦的挙証作用を要求することは、ただいたずらに、差出人の負担の軽減に於て、名宛人に難きを強い、自己の行為の責任を相手方に転嫁することとなるから、到底支持し難いところといわなければならない。而して如上認定のほかに、被告等の全立証によるも、いまだ本件更正決定通知が原告方に到達したことを認めるに足る証拠は存しないから、被告東住吉税務署長の前記更正決定は、行政処分として行政庁内部の意思として決定されていても、処分の相手方である原告に対する告知を欠き、行政処分として無効のものであるといわざるを得ない。
よつて本件処分の発令庁及びその直接上級官庁として、これを有効なものとして取扱つていること弁論の全趣旨により明らかな被告等に対し、右処分の無効確認を求める原告の第一次の請求を正当としてこれを認容することとし、予備的請求については、その判断を省略し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川種一郎 松本保三 石田堯雄)
(別表省略)